ガラス化技術 : 「クライオニクス」誌掲載の記事の要約、他


クライオニクス・マガジン(第35号 2002/7)

長らく翻訳しようと思いつつできなかった、”Vitrification”
(ガラス化技術)についてのレポートです。長文です。
じっくりお読みください。医療関係者のチェックは受けておりません
ので、細かい間違いはあるかもしれません。

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ガラス化技術 : 「クライオニクス」誌掲載の記事の要約
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「ガラス化技術の完成間近」
−新しい人体保存技術:氷による損傷を誘発せずに患者を凍結保存できる
(フレッド・チェンバレン)
アルコーの延命基金理事会(Alcor LifeExtension Foundation Board of Directors)
の公式決定ではありませんが、将来的にアルコー会員に影響を及ぼす可能性がある
新技術(ガラス化)の研究状況について報告します。

アルコーが頭部のみの凍結保存をやめ、今後は「ガラス化」に切り替える方針を
発表しました。

「ガラス化」とは生物的時間の進行を停止させる方法です。生体の組織を低温の
ガラスに転換するため、組織を傷つける氷の結晶が形成されません。複雑な組織
(臓器を丸ごとなど)を低温保存する方法として、20年前にグレゴリー・フェイ博士
によって提案されました。従来の凍結保存法では、氷の結晶によって組織の構造が
傷んでしまうため、臓器を無傷で保存することができませんでした。これまで胎児、
卵子、卵巣、皮膚、膵臓入口、無傷の移植血管などで、回復性のあるガラス化
(以下「ガラス化」)が可能であることが示されてきました。哺乳類動物の全臓器
をガラス化させ、元に戻すことが近い将来可能になると考えられています。
・凍結とガラス化

水に不凍剤(凍結保護物質)を入れて凍らせると、無数の小さな氷の結晶が形成
されます。このため、生体の組織を凍らせると、氷の結晶が細胞を引き裂き、
正常な組織構造が破壊されてしまいます。しかし、凍結保護物質の濃度を高めれば
氷の発生量を抑えることができるため、アルコーは過去10年間、この方法で患者の
保管を行なってきました。

しかし、細胞の構造が深刻なダメージを受けることには変わりありません。
イヌの脳に7.5モルのグリセロールを加えて凍らせ、解凍すると、氷の結晶が形成
されてから溶けたところにに無数の穴が形成されます。また、氷の結晶と結晶の間
にグリセロールが密集した状態で凍るため、細胞に致命的な毒性が及びます
現在の技術では、凍結保存された組織を回復させることはできません。

しかし、ガラス化という技術を用いれば、超高濃度の凍結保護物質を急速冷却する
ことによって、対象物を思い通りの温度まで(氷を発生させずに)冷却することが
できます。この際、氷がまったく形成されないのは、凍結保護物質の分子がある
ために、水の分子がお互いにくっつくことができないからです。水と凍結保護物質
の混合液は徐々に粘度が高まって冷たいシロップのようになり、「ガラス転移温度
(零下120度位)」を過ぎると固化して、硬いガラスとなります。これが「ガラス化」
です。細胞や組織を混合液に入れてガラス化を行なえば、細胞や組織はガラスと
一体化して、永久に安定した状態となります。ちょうど琥珀の中に閉じ込められた虫
のようになるわけですが、「細胞質がガラス化して生物的時間が本当に止まってしまう」
という点が、琥珀の中の虫とは違います。

基本的にガラス化は、組織構造を傷めずに生体を「そのままの状態に」留めることが
できます。ウサギの腎臓をガラス化すると、凍結した腎臓よりも正常な形を保つことが
できます。また、ウサギの脳を-80°Cまで冷却し、凍結剤もしくはガラス化溶液で
処置した後に復温すると、ガラス化溶液で処置された脳は軽度の乾燥
(回復性がある乾燥)を呈するのみで、構造造的な破壊はまったく起こりません。
-130°Cまで冷却しても、ガラス化溶液で処置すればまったく組織に構造的な損傷が
及ばないことがわかりました。
・最近の画期的な発見

ガラス化普及の妨げとなっている最大の理由は、凍結保護物質に毒性があるためです。
小さい対象物(胎児や心臓の弁など)であれば、すぐに冷却・復温ができるので、
凍結保護物質の凝縮(毒性)を減らすことができます。しかし、対象物が大きいと
熱伝導に時間がかかるので、ガラス化の過程で凍結保護物質の凝縮が起こり、その結果、
細胞に対する毒性が発生します。人体レベルの大きさになると、熱伝導にさらに時間が
かかるため、さらに凍結保護物質の濃度を高める必要があります。この際、粘性に限界
があるので、ガラス化に十分な濃度のグリセロールが人体に流れ込みません。

しかし、ここ2年の間に3つの画期的な発見があり、それによって、大きな対象物も
ガラス化できる可能性が高まってきました。まず、21CMが、毒性を大幅に低減できる
新たな凍結保護物質混合液を発見しました。さらに21CMは、凍結保護物質の濃度を大幅に
下げてもガラス化ができる添加剤(アイスブロッカーもしくは氷遮断剤)を発見して
います。一方、アルコーは独自の人体冷却法を開発。頭部のみの患者であれば、従来の
方法よりもおよそ10倍の速さで冷却することができるようになりました。
・最適な保存温度

ガラス化した生体や器官は、液体窒素の温度(-196°C)まで冷却すると、「破断」
されます(=細かい破片になります)。「破断」は、液体窒素による従来の凍結保存の
際に起こりますが、氷の結晶の方が遥かに大きな損傷を引き起こすため、破断は
これまであまり問題視されてきませんでした。(氷の結晶と同様、破断による損傷を修復
するためにはナノテクノロジーが必要です。)しかし、ガラス化を施せば氷の結晶が形成
されないので、細胞構造に損傷を及ぼすのは破断のみとなります。破断さえ避けることが
できれば、ガラス化による完全な低温保存が可能となります。

ガラス化した患者・器官などを冷却する場合、ガラス転移温度を遥かに下回るレベルまで
冷却しなければ、破断を避けることができます。つまり、長期保存温度を-130°Cから
-150°Cの間に設定すれば良いのです。保存温度がガラス転移温度に近すぎると、氷の
核形成が起こるため、復温時に氷が形成されるという問題が発生します。逆に、
温度を極端に下げても、破断の恐れがあります。しかし、「徐冷(アニーリング)」
によって破断のリスクを減らすことができます。徐冷とは、目標温度よりもわずかに高い
温度を長期間保つ方法です。また、遷延徐冷を施せば、液体窒素の温度でもまったく
破断が起こりません。この手法に関してはさらなる研究が必要ですが、当面は
ガラス転移温度よりも10〜20度低い温度で患者を保存するのが良さそうです。

中間温度での保存に関しては、まだ懸念が払拭されていません。現在、生体の低温保存
に使われているのは、-140°Cまで冷却できる既製の業務用冷凍庫ですが、故障や停電など
といった非常時の対策がなされていません。HarrisCryoStarの冷凍庫は、液体窒素による
バックアップ機能を備えているので、非常時には加圧液体窒素源によって温度を保つこと
ができます。標準的な液体窒素ボンベ(100リットル)で数時間温度を保つことができます。
また、最近アルコーに納入された大型加圧液体窒素タンクでは、数日間の冷却が可能です。
いずれにしても、非常時の対策をしっかりとしておく必要があります。液体窒素を入れた
低温保存用断熱瓶(デュアー瓶)も同様です。空気が入っただけで大惨事を招く恐れが
ありますし、液体窒素が数時間でなくなってしまうこともあります。保存温度や保存技術
だけでなく、バックアップシステムをしっかりと確保しておく必要があります。

断熱瓶(デュアー瓶)と液体窒素タンクを組み合わせたシステムも考えられます。
断熱瓶の底にタンクを入れて、液体窒素のすぐ上が中間温度を保てるようにするのです。
しかし、このような装置は市販されていないので、かなりの研究・開発を行なってから
メーカーに特注するしかありません。全身を保管するためには特注冷凍庫の開発が不可欠
で、頭部のみの保管の場合でも、経済性を考えると特注冷凍庫が必要になってきます。

アルコーは近い将来、ガラス化した頭部のみを液体窒素で保管する計画です。費用と
バックアップ機能の問題さえなくなれば、破断を引き起こさない保管方法も普及する
でしょう。
液体窒素と組み合わせたガラス化でも、現在の凍結保存よるは遥かに優れています。
・ナノテクノロジーは不要になるのか?

1980年代、エリック・ドレクスラーなどが提唱した分子ナノテクノロジーによって、
それまでほぼ不可能と思われていた低温損傷の完全な修復(回復)に大きな光が見えて
きました。分子ナノテクノロジーを用いれば、細胞の凍結損傷をほぼ完全に修復する
ことも夢ではなくなるのです。しかし、凍結損傷が神経に及ぼす影響については
ほとんど解明されていないため、全身を丸ごと蘇生させることができるかどうかに
ついては、まだわかりません。仮に細胞を完全に修復できたとしても、記憶喪失など
の弊害が出る可能性があります。また、虚血症状を呈したことのある患者をガラス化
する場合も、同様に弊害の可能性があります(虚血は現在の医学では完全に修復する
ことはできないためです)。

しかし、患者自身の生存率が高ければ、ガラス化によって細胞損傷を避けることが
できるので、弊害の心配は遥かに低くなります(唯一考えられる弊害は凍結保護物質
の毒性です)。氷の結晶が細胞を傷つけることもなければ、細胞の破片から
「(損傷を受ける前の)細胞構造を再現する」手間もなくなります。氷点下の温度にも
耐えられるナノコンピュータやナノマシンを開発する必要もありません。
凍結保護物質の分子構造はあまり解明されていませんが、毒性の影響を受ける対象は
極めて限られていると思われます。ガラス化を施せば細胞構造の損傷を心配する必要
がなくなるので、残るは毒性の問題のみです。そして、これはナノテクノロジーでは
なく、薬学の領域となります。

頭部のみ保存の患者を完全に回復させる作業も、ナノテクノロジーの領域ではなくなり
ます。最近、神経組織の再生や細胞核の移植技術(クローン治療)に関する研究が進み、
これまでナノテクノロジーなしでは不可能と思われていた作業も、バイオテクノロジー
によって実現できる可能性が出てきました。中枢神経系の周縁組織や器官は試験管内
でも培養可能なので、もはや分子ナノテクノロジーの力を借りる必要はありません。
元来、自然界では、たった一つの細胞から様々な組織や器官が生まれており、
ナノテクノロジーなど必要ないのです。

「全身の蘇生にはナノテクノロジーが絶対に必要」と主張し、保存技術そのものは
重要視しない専門家もいますが、保存技術がこのペースで改善されていけば、ナノテク
なしでも人間を確実に蘇生させることができるようになるでしょう。しかし、保存技術
の研究だけを進めれば良いというわけではありません。ガラス化と凍結はまったく異なる
技術であり、どちらの保存技術を用いるかによって細胞の修復方法も違ってきます。
ナノテクノロジーを完全に不要だと見なすべきではありません。
・全身のガラス化

全身のガラス化はまだ実現不可能です。現在、全身の保存に使用されている容器
(蓋のない金属製の箱+寝袋)では、ガラス化に欠かせない迅速な冷却ができないのです。
ガラス化のためには、まったく新しい保存容器(冷却液が循環する蓋付きの容器)を
開発する必要があり、それには時間もお金もかかります。一刻も早く研究資金を調達
しなければなりません。
・新たな時代

ガラス化という新技術の出現によって、クライオニクスに対する世間の見方も
変わってくると思われます。ガラス化は「人間をハンバーガーのように冷凍する」
わけではないので、クライオニクスに対する感情的な批判も減っていくかもしれません。
専門家の間でも、クライオニクス・バッシングではなく、さらにレベルの高い専門的な
議論が展開するでしょう。ガラス化が成功すれば、「クライオニクス(人体冷凍保存)」
という言葉が死語になることも考えられます。

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